私は如何なる神も仏も信じていない

逆に、悪魔も鬼も信じていない、天国、極楽浄土も地獄も。仏教の寺の孫でありながら。そもそも、仏陀は、超越的な仏を説いてはいない。生老病死は、人間の逃れられぬ定め。それを受け入れる事を説いたと私は思っています。阿弥陀如来様とか、菩薩様とかは、後の信者が創り出した発明品と思っています。確かに生老病死から人は逃れられ無い。苦しみは有り続ける。耐えられない。そこで、発明か、思い付いた事と思っています。(小説、映画となったコスモス、コンタクトの著者亡きカール・セーガン博士は神の存在を確信していた節は有りますが、産まれついてのキリスト教徒だから仕方無いのかもしれません。が、カート・ヴォネガットは、キリスト教徒に成りたいと思って産まれて来たキリスト教徒は一人もいない、と言ってます。私としては、カート・ヴォネガットに賛成です。)即ち、神や仏が人間を創り出したのでは無く、人間が神や仏を創り出したと考えています。生きる事は辛い事も多々ある、それを感じ、考えて神や仏を創り出したと考えています。