うーん!またしても反精神医学的

かもしれませんが、北海道の地震、その他の災害でも同じですが、変り果てた親族の姿を見たいかなぁ?発見されるのは望むでしょうが、その遺体確認はしたくないです。父を荼毘に付した後の気持ちと同じです。灰で十分。それも、一つまみだけで、十分と私は思っています。

では行きます。