051−060 付です。
二人より独り
051
主人として生きる
誰に命じられて、そういうふうに生きているのか。
主人がそう命じたのか。雇い主がそう生きることを望んだのか。
あるいはまた、世間の人の真似をしているのか。
自分の生き方をよく見つめよ。自分の考えや行い、
決断の仕方を見つめよ。それらは本当に自分のものかどうかを。
あるいは、きみは自分の欲望に振り回されているのだろうか。
ならば、きみの主人は次々と湧いてくる欲望だということになる。
この人生、なぜ、きみ自身が生きないのか。
きみ自身の主人はきみではなかったのか。
きみを生きよ。自分を生きよ。
「スッタニパータ」 第1章
己が人生の采配は己が決める。
052
人生はなぜ辛い
おまえにとって、人生はあまりに長いのか。
あまりにも苦労が多いと感じているのか。
人生は眠れぬ人の長い夜のようか。
人生は疲れた人の遠い道のようか。
愚かであるほど、人生の道のりは遠く険しいものだ。
賢くあれ。 この人生を苦労だと思わぬほどに。
「スッタニパータ」 第1章
賢なれば道、遠からず。
053
老人の悲しみ
学ぶことが少ないのならば、牛のように老いてしまう。
肉ばかりが増え、知慧が増えない。
そういう老人になりたいのか。
笑いも少なく、喜びがなく、物事がわからず、明かりすら求めない老人。
病を引きずり、くだらぬ欲望をまだ持ち、
それでいてふらついている老人。
色が衰え、心が腐り、ごまかしばかりの老人。
「ダンマパダ」 第11章
老いて尚、学ぶべきなり。
054
空観
世界の有無ではない。
世界は空
「スッタニパータ」 第5章
世界の空なる事を知るべきなり。
055
自分が自分を汚す
悪いことをするとどうなるか。 あまりにも明らかだ。 おまえ自身が汚れる。
おまえが誰かを汚すのではない。おまえが自分を汚すのだ。
その汚れを誰が落とせるというのだ。
他人は、おまえの汚れを落とせない。
汚れるか汚れないか、それはいつもおまえ自身のことであり、
おまえの生き方が決める。
だから、おまえ以外の誰も手を出せない。
他の誰もおまえをきれいにすることはできない。
「スッタニパータ」 第1章
自分を汚すのが自分であれば、浄化するのも自分である。
056
賢者の楽しみ
孤独を喜べ。
賢者はみな、そうしている。
「ダンマパダ」 第6章
賢とは孤独よりうまれる。
057
静かに生きる
心は静か。
言葉も静か。
行いも静か。
快楽の騒がしさなど求められない場所の楽しさ。
「ダンマパダ」 第7章
涅槃を悟り知る事。
058
星の進む道を行く
今この場において健康であることを素直に喜ぼう。
自分が満足できることを嬉しがろう。
信頼こそ最高の友だ。
があるからこそ、独りでいても淋しくはない。 独りでいても安らげる。
愚かなことを避け、愚かな人々を避けて生きよう。
真に心ある人とつながり、互いの智慧を楽しもう。
暗がりに浮かぶ月ですら、諸々の星の進む道にしたがうのだから、
わたしたちもまたそのように生きていこう。
「ダンマパダ」 第15章
道に従い生きる事。
059
ありがたい教え
ありがたい教えがそこにあるからといって何になろう。
自分の耳でありがたい教えを幾度も聞いたからといって、
いったい何になろう。
聞いただけで、教えがおまえを直したというわけではないのだ。
教えを書いたものを大事にしているからといって何になろう。
それだけで、おまえと尊い教えは何の関係もないのだ。
しかしおまえが教えを実践するならば、教えがおまえの中で生きる。
教えの道をみずからの足で歩むならば、苦しみはなくなる。
その足で。その体で。 その心で。
「ダンマパダ」 第20章
道は自らの足で歩むべきなり。
060
欲望の無常さ
自分の内に巣くう大小諸々の欲望をじっと見つめてみよ。
それらの欲望はいつも同じ形で同じ大きさで同じ熱をはらんで
そこに居座っているわけではない。
欲望は始終を変える。 膨らみ、しぼみ、あるいは色を変え、
鋭さを増し、凝り固まり、あるいはまた他の欲望と絡まり、
あるいはまた蛇のようにトグロを巻き、
あるいはまたくさい膿を出し続けている。
まさしく、変転こそ欲望。 おまえをさまざまに苦しめるものだ。
なのに、そんな汚れた欲望にまだ縛られ続けようとするのか。
思い切って棄てようとは思わないのか。
「ウダーナヴァルガ」第2章
欲に囚われる事なかれ。