超訳ゲーテの言葉 改

超訳ゲーテの言葉 改
同じ作業を再度 行いました

この世には、明るい面も暗い面もある
この世は、元もと人間の望みどおりにできあがっているはずだ。
-と、人間は思い込んでいる。
けれど実際には、望ましい明るい面もあれば、望ましくない暗闇の面もある。
ちょうど昼と夜があるように。
[芸術と古典〕

大自然の営みの本質
永遠に続く大自然の営みの価値を、人間の平凡な日々と比べても、意味がない知っている。
い。そんなことをするのは、そもそも「大自然の営みの価値」の偉大さを解っていない者だ。
けれど、その価値を理解しない愚かな者でも、その実態は、骨身に染みて わかっている者だ なぜなら、どんな人間だって腹が減り、喉がかわく。ずっとその繰り返しだ。
そして、その繰り返しこそが、大自然の営みの本質だからだ。
〔ヴィルヘル厶マイスター]

この世の法の定め方
人の世の法は全て、男の老人によって定められる。
老人は、人の世がひたすら変化なく平穏であり続けることを、望む。そのた
めの法を、若者や女性に押しつける。
だが、前向きに生きようとする若者と女性は、そんな世にあって「例外の存
在」になろうとする。
〔ヴィルヘルム・マイスター]

「個人の自由」と「世の中の平等」は両立しない
「個人の自由」と「世の中の平等」を同時に約束する政治家や革命家は、よほど妄想の激しい人間か、そうでなければ、よほど質の悪い山師だ。この二つの条件が並んで成り立つなど、あるわけがない。
なぜなら、才能のある者が自由に才能を発揮すれば、必ず富を独占する。となれば、世の中を平等にするためには、才能のある者が才能を発揮する自由を、抑え込まなければならないからだ。
〔遺稿〕

どんな問題も現実として解かれなければ意味はない。

いつだろう。どこでだろう。どのようにしてだろう。どんな問題でも、この三つがとても難しい。そして、とても重要である。
どんな問題も、現実として解かれなければ、意味はない。そして現実とは、具体的な時と場所と形で成り立っているのだから。
[ファウスト]

礼儀のない正義は危険だ
この世を平和へと導くには、二つの力が必要だ。一つは、正義である。
もう一つは、礼儀である。
礼儀を知らない正義は、凶暴で危うい。
[格率と反省〕

他人の気持ちは簡単には解らない
他人の気持ちというのは、簡単には解らない。
相手に偏見を持たず、ていねいに話を聞いたとしても、なかなか解り切ることはない。
ましてや、こちらに偏見が少しでもあったり、わずかでも損得勘定が働いたなら、とうてい正しい理解は望めない。
[芸術と古典〕

正論を唱えてはいけない
正論というものは、解ってはいても、世間におおっぴらに唱えるのはやめておいたほうがいい。
純粋な正しさなどは、世間ではめったに役に立たない。それどころか、世間の動きを止めてしまうことさえ、ある。
だから正論を唱える者は、たいてい反論にさらされて、苦い思いをする。
せいだく
結局、人の世は清濁合わさって成り立っているのだから。
〔ヴィルヘルム・マイスター]

信念は常に生まれ変わっていく
常に誠実であることは約束できる。しかし、常に同じ信念を貫くことは約束できない。信念とは、新しい経験や新たな出会いによって生まれ変わっていくものだからだ。
だから「そのときそのときの信念」を誠実に実行すれば、それで十分なのだ。
[芸術と古典〕

生きている限り生きることに専念する
誰だって、必ず死ぬ。それは誰でも解っている。
である。
けれど、「では、私はどうやって死ぬのだろう。いつどんな理由で死ぬのだろう」ということまでは、誰にも解らない。
そして、そんなことを考えるのは、許されない。
生きているものは、生きている限り生きることに専念するのが、義務だから
〔遺稿〕

情熱があるから、生きる喜びを感じられる
どんな目標に対してであれ、とにかく「情熱を持てる人」とは、たとえるなら不死鳥のようなものだ。
そういう人は、たとえ一つの目標に挫折しても、不死鳥が灰の中から蘇るよ
うに、きっと新たな目標に向かって立ち直れる。だからいつでも、生きる喜び
を感じていられる。
それに比べれば、万事にそつなく利口に振る舞ってはいても何の情熱も持て
ない人間は、本当の生きる喜びを知らない。
よみがえ
[親和力〕

 
どうしたら幸福のありがたさが解るか
涙を流しながらパンを食べた経験のない者。

あるいは、眠れぬ夜にベッドの中で声を押し殺し泣いた経験の、
そうした者に、幸福のありがたさを知ることは、できない。
あるいは、眠れぬ夜にベッドの中で声を押し殺し泣いた経験の、ない者、
そうした者に、幸福のありがたさを知ることは、できない。
〔ヴィルヘルム・マイスター]