モンテーニュ 柔軟に生きる

2026年5月5日 モンテーニュ

015 状況は変えられないのだから自分を変えよう
逆境にいたとき、きみはどんなことをしただろうか?
苦しい境遇や、危険な状況に陥ると、わたしたちはどうにかしてそこから逃げ出すことばかり考えてしまうものだ。
だがわたしは、そのような状況に置かれても、逃げることに心を傾けないようにしている。というのも、出来事のほうは調整できないからだ。調整できるものはただ一つしかない、それは自分自身だ。
与えられた運命をかわしたり、振り払ったり、押し伏せたりする力は、わたしにはない。ましてや、そのようなものに耐え続ける力もない。
状況がわたしたちに順応することはない。だったら、わたしたちが状況に順応してしまおう。
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018 自分の性格にとらわれるな
きみはしばしば聞かれるかもしれない。「あなたはどんな性格ですか?」と。
聞きたくなる気持ちはわからないではないが、自分の気質、性格に自分を釘付けにしてはいけい。それでは自分の変化を拒むことになってしまいかねない。人生を台無しにしてしまいかねない。
わたしたちに備わった根本の力は、自分を適応させられるところにある。
ある一つの生き方に執着する人がいる。自分のモットーに束縛されている人がいる。しかし、多様なものに柔軟に応じられる人たちこそ、真に生きていると言えるだろう。
人生は不規則な動きをするものだ。もし、きみが自分の性質や傾向にとらわれていたら、きみの

人生に応えられなくなってしまうだろう。
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030 先が見えなくても大丈夫だ
「きみは何になりたいの?」、こんな愚問に付き合わなくてもいい。
わたしはここまで、手探り足探りで歩いてきた。人はわたしの業績を偉業と呼ぶかもしれないが、そもそもそんなことを成し遂げようとは思っていなかっ
た。
ぶつかりよろめき、つまづき転びながらここまで進んできたんだ。
「何かになる」なんてのは、ずいぶん歩いてからやっとわかることなんだよ。
ここにきて実感したことをきみに伝えよう。わたしがこれから到達するどんな地点も、そこがゴールになることは決してない。到達したところでまた、何かがきっと見えるはずだ。見えるとはいっても、それはぼんやりと霧に包まれたようで、はっきりと見分けることはできないだろう。だが、そこに何かがあるのはたしかだ….....。
そしてわたしはまた歩き始める。
さあ、きみも歩き始めよう。転んでもいいじゃないか。自分の手と足を頼りにすれば決して大怪我はしないはずだ。
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032 旅のように生きていこう
きみは予定どおりの人生をうらやましく思うだろうか?
人生に予定など通用しない。
あらかじめ決められたその目標は、いったいだれが決めたものだろうか?そんな目標にだれよりも早く到達したいとガムシャラに走り続ける人生って、味わい深いものだろうか?
旅のように生きていこうじゃないか。
一日一日をしっかり無理なく進もう。
目指すところに足が届きそうになければ、やめてしまえばいいんだよ。急げるときは急ごう。しかし道路がぬかるんでいたら歩く速度を緩めよう。そして、宙に浮くような希望は当てにしないこと。これが大事だ。
わたしは一日の終わりが旅の終わりになるように心がけている。わたしはわたしの足で歩いているから、どんな一日であってもわたしは満足する。
人生というのは、一日一日の連続なのだ。
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059 ただ流れていこう
「同じ川には二度入れない」と古代ギリシアの哲学者は言った。あらゆるものは定めなく流れ去っていくのだ。
さて、きみはこの自然の法則にどんな価値を認めるだろうか?どんな希望を託すだろうか?
きみが置かれた逆境からの脱出?それとも、きみの活躍の到来?
どんなものにしても、価値や希望は自然の法則とは何の関わりもない。
ただ生まれ、ただ流れ、ただ去っていく。わたしたちはこんな揺らぎと定めなさを受け入れるしかない。揺らぎと定めなさこそ、わたしたち人間の本質だからだ。
ただ流れていこう。きっときみも、流れそのものが幸福であることを思い知るはずだ。
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