僕が幼児期から、なりたかった職業は先ず、天文学者。大阪市内にもかかわらず、父に肩車してもらい月をみあげると、ついてくる。その頃から天文学者になりたかった。中学はまぁまぁの成績。高校になると、数学、全然分からへん。東岸和田駅から一緒に、高校までの往復をしていた友人(僕を中学生からのリンチから助けてくれた友人)高1では同じクラスでしたので、数学の問題をきくと、これそれあれしたら解けるで。僕は完全に自信なくしました。こんな賢い者が居る。その後、理系科目には自信を無くし、物理も化学も最低レベル。お情で高校は卒業できましたが。天文学者は無理! で次に考えたのが、導入されて間もない、目も悪いのにF15迎撃機のパイロット。募集期間は過ぎてます。本隊に入隊してください!自衛官になる気はなかったので、予備校に行き、天王寺公園で毎日、フリスビー、パチンコ、喫茶店。予備校には年間で2時間も通っていませんでした。当時の共通一次試験の勉強だけはしてたので、割と高得点。サッキャン!これやったら医学部行けるで!医者になったら、モテモテやで。そうか?予備校の友人からほだされて、筑波大学の医学群を受験。2次試験の勉強は全くしてなかったので、論文、面接だけだったからですが、当然、失格。2次募集で小樽商科大学に行きました。二浪は嫌だったし。小樽に住んで、クラブに入っても、医学部、落ちたのが悔しくて、受験勉強は続け、大阪に帰りました。3度目の共通一次。到底、医学部受験レベルには至らず、小樽に帰るしかないなぁ!近くで受験して帰ろう。たまたま、奈良県立医科大学にギリギリで合格でき今に至りました。父は僕には医者になって欲しかった様で、思う壺。 因みに高1の頃に数学をきいて、サクッと解いて教えてくれた友人は国立大学の宇宙物理学の教授になり、僕が夢に見るような広大な研究指導をしています。 で僕のなりたかったもの→天文学者→パイロット→最終的には父の望んだ医師です。 私事を長々と誠に申し訳ございませんでした。要は、人生、分岐点、多々ありです。

