ニーチェⅡの言葉 続き

ニーチェⅡの言葉
続き

人生はさすらいだ
人生はさすらいだ。生きるということは、さすらっていくことだ。平野をさすらうだけではない。いくつもの険しい山並みを越えていかなければならない。漆黒の闇を渡り、沢の水で足を濡らし、冷えた星々の下を行かなければならない。多くの出来事がそこにあり、さまざまなことを体験するだろう。しかし結局、人はいつもおのれ白身を体験するだけなのだ。自己という人間を体験することが人生なのだ。
ツァラトゥストラはかく語りき』 「さすらい人」

欠点という名の教師
人それぞれに欠点や弱点というものがある。多くの人は自分の欠点や弱点を嫌い、眼をそむけようとするまた、人からその部分だけは見てほしくはないと思っている。しかし、欠点や弱点というものは実は自分だけの最良の教師なのだ。なぜならば、その欠点や弱点があることによって、わたしたちが何を克服すべきか、自分の何を直すべきなのか、また自分の長所とは何であるか、自分の個性とはどういうものであるのかを、そっと耳打ちして教えてくれているからである。
『生成の無垢』「心理学的な諸考察」

理想さえも超えて行け
きみの力のすべてを、きみはまだ知らない。
きみは理想を抱き、そこへと向かっているが、その理想のある場所がきみの限界地点ではない。きみが持つ力はきみが想像する以上に大きく、きみはまだまだ遠くへ行けるのだ。きみの理想を超え、それ以上の憧れの地よりもさらに遠くへ達する力をきみは秘めている。
『生成の無垢』「道徳哲学」

裸の自分を見よ
わたしたちは実にさまざまなものを持っている。いや、たくさんのものを持っていると思い込んでいる。それらが本当に自分のものだと思っているから、それらのものと自分との境目さえはっきりしなくなっているくらいだ。だから一度、それらすべてを盗られてしまったと想像してみたまえ。お金、家や土地、身寄りと友人たち、肩書き、仕事、名誉、若さ、健康、すべてが奪い去られたと。すると、残るのは何だろう。誰も奪い去ることのできないこの自分に固有のものだ。感性、能力、意欲、望み、まだまだたくさんある。どうだろう、何もなくなったというのに、かえって豊かになったような気がしないだろうか。それこそが、自分がこれから耕していくべき肥沃な土壌なのだ。
『人間的、あまりに人間的』「さまざまな意見と箴言
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