偶像及び偶像崇拝、その禁止の理由

偶像及び偶像崇拝について

偶像(ぐうぞう)とは、
木・石・土・金属(などの具体的なモノ)で作った像[1]。
神や仏などの存在をかたどって造られた像で、かつ崇拝の対象となっているようなもののこと[1]

偶像崇拝
神の像や仏の像、およびそれを崇拝する行為を指すために使われている言葉である。
物としての偶像ではなく、それを崇拝する行為のほうに焦点を当てた用語として「偶像崇拝」がある。
また、そうした行為を非難する意味を込めて「偶像教」という用語が用いられることがある[2]。
なお、この偶像「idol」が転じて、様々な経緯を経て現代日本語の「アイドル」の用法が生まれた。[要出典]

偶像崇拝
偶像とは木材や土、金属など具体的な物質で形どられた像のうち、崇拝的対象をかたどったものをさす[1]。

偶像崇拝」という言葉はもっぱら偶像を崇めることを禁じたり批判する立場から否定的な意味合いで使われる。偶像崇拝を批難する単語として「偶像教」がある[2]。
プロテスタントなどにおいては、十字架、首飾り、護符、ご神体といった具体物を信仰対象にすることをも偶像崇拝の一種として忌避する。エホバの証人においては、葬儀や墓、遺骨なども偶像崇拝と見なす。

アブラハムの宗教
アブラハムの宗教(アブラハムのしゅうきょう、英語:Abrahamic religions) とは、聖書の預言者アブラハムの神を受け継ぐと称するユダヤ教キリスト教イスラム教(イスラーム)の三宗教。初期のイスラームはこの概念によって、先行するユダヤ教キリスト教イスラームは立場が同じであることを強調した。「セム族の啓示宗教」、あるいは単に「啓示宗教」と称されることがある。

概要

神の言葉をまとめたものであるとされる聖典(聖書やクルアーンコーラン)、そしてタルムード)に重きを置く。バハイ信教のような三宗教から派生した宗教を含める場合もある。キリスト教徒とイスラム教徒を足すと世界人口の大半を占める[1]。
『創世記』によると、アブラハムには二人の息子、イシュマエルとイサクがいたという。イシュマエルはアブラハムの妻サラの奴隷ハガルが生んだ子、イサクはアブラハムの妻サラが生んだ子である。ユダヤ人はイサクの息子ヤコブの子孫であるといい、イスラム教のコーランはアラブ人をイシュマエルの子であるとする。『創世記』では、ヤコブのまたの名がイスラエルであることから、ユダヤ人は「イスラエルの民」と呼ばれる。イスラエルの民の神との契約を記した書がタナハであり、キリスト教では旧約聖書と呼ばれる。
キリスト教アブラハムの子孫であるナザレのイエスを神の子としてメシアである大祭司であり大王と認め、イエス以後の神との契約と歴史を記した新約聖書旧約聖書とともに正典(啓典)とする。
なおユダヤ教キリスト教聖典とする以外にも偽典や外典が存在する。
イスラム教はイエスとモーゼらユダヤ預言者たちを神によって選び出され(召命され)神の言葉を伝える使命を帯びた者であると認め、ムハンマドを最後の預言者であるとした。イスラム教は、ムハンマドに下された啓示をまとめたコーランクルアーン)がもっとも忠実に神の言葉を伝える啓典であると考えることから『モーセ五書』、『詩篇』、インジール(福音書)を啓典と認めはしても、これに重きを置くことはない。そのためユダヤ教団やキリスト教団と比べアブラハムから遠い。また啓典と認めるといっても、現在キリスト教徒やユダヤ教徒が使っているそのままの形のものを認めているわけではなく、本来有った正しい形のものは失われ、現存しているそれらは書き換えられたものだとしているため、歴史上の参考資料などには利用しても、それらを啓典として用いることはない。また、キリスト教ユダヤ教は少なくとも旧約聖書の部分では世界観を共有しているが、イスラームの世界観はそれらとは独立して存在している。イスラーム預言者伝承では、聖書と共通の人物の話であっても、人物の親族名称や、舞台、活躍した年代などが異なる例が多い。イスラム教による伝統的な呼び方ではユダヤ教およびキリスト教徒を「啓典の民」と呼んだ。その他、マニ教バハイ教などの宗教もアブラハムの宗教に分類される。アブラハムの宗教はいずれも一神教であり偶像崇拝を禁じている。何が唯一神で何が偶像崇拝であるかということは、それぞれの宗教によって異なる。
アブラハムの宗教」(アラビア語: ملة إبراهيم)という言葉は、『クルアーン』の中にしばしば登場する(「雌牛」130節ほか)。

アブラハムの宗教の一覧

ユダヤ教
キリスト教
マニ教 - ローマ帝国に広まった西方キリスト教を批判し、自らを独立した宗教ではなく正統なキリスト教であると自称した。現在は中国に存在する一つの寺院を残して消滅。
イスラム
イスラム教から派生した宗教
バーブ教
バハイ教
アフマディーヤ
アラウィー派 - シーア派の一種とされることもある
ドゥルーズ

旧約聖書出エジプト 20:4-5、レビ 26:1、申命記 4:25-26、イザヤ 44:9、『新約聖書』の第一コリント 8章において 偶像は否定されている[5]。

偶像崇拝禁止の理由は、偶像が神性を具現化するものではなく、人間の創造物であると捉え、真実の神を崇拝するべきという宗教的理由が挙げられます。具体的には、神を可視化してはいけないとする旧約聖書十戒に基づいた禁忌や、神は不可知の存在であるとするイスラム教の教えなどがその理由となります。

旧約聖書十戒:
十戒の「偶像を作ってはならない」という戒めは、ユダヤ教キリスト教イスラム教に共通する偶像崇拝禁止の根拠となっています。
神の不可知性:
イスラム教では、神は人間の理解を超えた存在であり、可視化できないとされています。
真実の神を崇拝する:
偶像は、本来は神の像としてではなく、神の存在を表すための象徴的な存在であり、偶像自体を崇拝することは、真実の神を崇拝することから逸脱する行為とされています。
歴史的な背景:
偶像崇拝は、古代社会で自然物や人間を神格化して崇拝する文化に根ざしており、偶像崇拝禁止は、一神教の発展とともに、真実の神を崇拝する一神教の教えを確立するために重要な役割を果たしたと考えられています。
イスラム教の例:
イスラム教では、偶像崇拝を厳しく禁止しており、神を具象的に表現する絵画や彫刻は存在しないモスクでは、神の存在を表すための書や装飾文様が使われています。

ユダヤ教キリスト教イスラム教では、神の像や絵などといった偶像を崇拝することは禁止されています。 なぜなら、これらの宗教では神は唯一絶対の存在であって、神に似せた像はすでに神ではなく、それらを信仰することは神への不信仰につながるからです。2006/02/06
f:id:SAKI001:20250503111704j:image
f:id:SAKI001:20250503111709j:image