超訳 ブッダの言葉 6−3

超訳 ブッダの言葉 6−3

身体を見つめる

141
このもろく壊れやすい身体という城
偉そうに「自我」だとか「人間様」だとか、思い上がっている君の身体は、しょせん骨と腱を組み立てて、生肉と皮膚で表面を覆ってつくりあげた壊れやすい城にすぎない。
その血だらけの城の中には、刻一刻と細胞が老いてゆく老化現象と、細胞が死滅してゆく死亡現象と、自分を実際よりステキだと思い込むナルシシズムと、君が嘘をついて隠している寂しい秘密などなどが、ぎっしりひしめき合っている。
法句経150

142
これだけしかできない身体という城外的には、歩く、立つ、坐る、寝る。
内的には、筋肉が伸びる、縮む。
君の、一見すると立派そうなこの身体にできることは、究極的にはしょせんたったこれだけしかない。
経集193、

143
身体の表面にこだわる愚かしさ
この身体は骨とで組み立てられ、牛肉と皮膚で覆われている。
皮膚に覆い隠されているがゆえに、その内側はありのままに見られず、「肌がキレイ」 「肌が荒れた」などと、君は表面にこだわったり、
「髪が抜けた」「無駄毛がはえた」などと、無用なことに心を乱される。
その表面の内側に隠されているのは、単なる生肉にすぎないことをうっかり忘れて。
経集195、196

144
身体の内側を体感する
この皮膚に隠された内側に意識のセンサーを向けて対象とするならば、身体には胃や腸がぐによぐによ詰まっていて、 肝臓・膀胱・心臓・肺・腎臓・脾臓がうごめいているのが、はっきりと体感できる。
さらに身体の中に、水分として鼻水・唾液・汗・脂肪・血・関接液・胆汁・油がぐちゃぐちゃに分泌されていることがはっきりと体感される。
経集196、197

145
身体の現実を見る
皮膚に隠された内部をよく観察してみれば、決してきれいといえないこの身体。体臭を放つこの身体を、私たち人間は、後生大事に守ろうとしがみついている。
いろんな汚物が体内には詰まっていて、うじゅるうじゅると内側を流れ、いろんな穴を通って排泄されていく。
皮膚の中にこんなにたっぷり汚物を隠し持っていながら、私は偉いとか美しいとばかりに生意気にも「あの人はダメだね」なんてケチをつけるなら君は、現実を直視する能力のない愚か者へとなり下がるだろう。
経集205~207
章を読み終えるまで : 1分
66%

146
身体の悪を静める
身体がうずうず疼いて、よけいなことをしたくなるのを、気をつけて静める。 身体の乱暴な動きをゆったり抑制する。
身体の悪、たとえば生き物を殺すこと。物やアイディアを盗むこと。 浮気をすること。アルコール依存症になること。
これら身体の悪を放り捨てて、身体を操作しポジティブな行いをするように。
法句経231

自由になる

147
信じ込んではいけない10のケース
君よ、多くの人々が「自分の言うことは正しい。あいつの言うことは間違っている」と言うため、誰の言っていることが正しいのか、わからなくなることもあるだろう。
他人にだまされ洗脳されて自由を失わぬためには、次のように注意するといい。
①「○○さんが君についてこんなことを言っていたよ」と、うわさ話を聞かされても、実際に確かめるまでは信じ込まないこと。
②「この国では昔からこうするものだから」などと伝統を持ち出されても、信じ込まないこと。
③それが流行していて評判がよくても、信じ込まないこと。
聖典やお経や木に書いてあるからといって、信じ込まないこと。
⑤実際に確かめていない憶測を聞かされても、信じ込まないこと。
⑥いかにも正しそうに、「○○理論」 や 「〇〇主義」によるとされていても、信じ込まないこと。
⑦常識に合っていても、信じ込まないこと。
⑧自分の意見に合っていても、「私もそう思ってたんですよ」と安直に信じ込まないこと。
34分が本に残っています
67%
⑨相手の服装が立派だったり職業がすばらしかったり態度がうやうやしくても、それらの見せかけに惑わされて、信じ込まないこと。
⑩相手が自分の先生だからといって、盲目的に信じ込まないこと。
支部経典
33分が本に残っています
67%

148
気持ちよさへの依存から、苦しみが生まれる
ありとあらゆる苦しみは、何かに依存することを縁にして生じる。
たとえば「好きな人に優しくしてもらうことの気持ちよさ」への依存症になると、少しでも優しくないと感じるたびに苦しみが生じ、相手との関係が険悪になる。
あるいは「仕事で目標を達成するうれしさ」への依存症になると、達成した瞬間の快感がサーッと引いたのち、空しさという苦しみが生じる。
依存症になる対象をつくる愚か者は取っかえひっかえ別のものに依存しては脳内麻薬を分泌し、自分から苦しみに近づいてゆく。
苦しみが生まれる元凶を見破ったなら、もはや依存症にかからぬよう、脳内麻薬が抜けていくのをじっと待つように。
経集 728
33分が本に残っています
67%

149
スピリチュアルなものや人に依存しない
ストレスにおびやかされて心に落ちつきがなくなると、人は神様を信じてそれに依存しようとする。あるいはどこかの教祖様を信じ、あるいは守護霊を信じて拝み、あるいはスピリチュアルな木を拝み、それらにすがろうとする。
こういった「スピリチュアルな」ものに依存したり「スピリチュアルな人に洗脳されたりすることで、現実から目をそらし、束の間の安心を得ようとする。
けれどもそれらは、安心できる拠りどころではない。
君がこれらに依存しても白を奪われて洗脳されるだけで、ストレスを生み出す心の仕組みは変わらないのだから。
法句経188、
681
33分が本に残っています
68%

150
心、この制御しにくきもの
心というしろものは、「やるぞ」と思いきや「やっぱり、やーめた」とすぐ動揺したり、 「好き」かと思いきや「気のせいだったかも」などと右往左往する。
「携帯電話をいじって時間を無駄づかいするのはもうやめよう」と思ったはずが、うっかり「あの人からのメールはまだこないのかな」と、その後に続く心の混乱を防御しそこなったりする。
心というやつは、すこぶるコントロールしにくい。
快感の麻薬を求める欲望に命令されるがままに引きずり回され、それゆえにこの心には白山がない。
自分の心を見張る意識のセンサーを鋭く光らせて、この快・不快に引きずり回される心をコントロールするように。
あたかも、矢をつくる職人が曲がった矢をまっすぐに美しくたたき直すかのごとく。
法句経3
33分が本に残っています
68%

151
不自由な君自身の心から自由になる
ネガティブな感情にとらわれるとき。
たとえば、「今まではたまたま何とかなっていたけれど、今度の仕事こそ失敗するのではないかしらん」 などという不安に支配されるとき。
そんなとき、君の心は水から陸の上へ引きずり出されてピチピチともがきまわる魚のごとく、イヤな感情から逃れようとジタバタする。
ジタバタするせいで余計にイヤな感情に支配されてしまう不白さの中に、君は投げ込まれている。
君の思いどおりに動いてくれず、勝手に動き回る心。
この心をつかまえるのは難しく、君の知らない間に君の心は、軽々しく「さっきとは違う考え」 や 「さっきとは違う感情」をつくり出し
ては、君を翻弄することだろう。
そんなヤクザな心を落ちつけて、コントロールすべく練習するように。
心をコントロールし、思いどおりに運転できるようになるなら、その白川さとともにゆったりとした安らぎが手に入る。
32分が本に残っています
69%
法句経34

152
快・不快の気分から自由になる
日に見えるもの、耳に聞こえるもの、舟に匂うもの、舌に感じる味、身体中で感じる身体感覚、心に触れる思考。
この六種類のデータが君に接触するときにボーッとしていると、君は知らず知らずのうちに「素敵な音だなあ」と快感を感じて音楽が心にすりこまれたり、 「イヤなことを思い出したなあ」と不快感を感じて気分が悪くなったりと、快・不快に支配されてしまうことになる。
快・不快の神経信号に支配されるなら、遺伝子に命令されるがままの運命に翻弄されて邪道へと転がり落ちてゆき、白山を失った奴隷になってしまう。
しかしながら、六種類のデータが君に接触する入り口を見張っておくならば、自動的に快・不快のデータ処理が進んでしまうのをストップできる。
日耳鼻舌身意の六つの門にデータが接触するたびに心を防御すれば、それらのデータに翻弄されなくなり、 白山が君の手に残るだろう。
経集736、737

153
知識から自由になる
内面を見つめる力や集中力や落ちつきといった能力を高めるトレーニングをするかわりに知識を増やそうとするのは、愚か者の証。
哲学・政治学・経済学・心理学・文学・さまざまな言語なんかの知識をむやみに増やすことによって、記憶のメインメモリーは不必要な情報のノイズで埋め尽くされ、頭が混乱するだけ。
「せっかく学んだのだから他人にひけらかしたいよー」とか「せっかく学んだのだからこの知識を使ってみたいよー」 などと、それらの知識への執着が生じるがゆえに、知らず知らずのうちに知識に支配される。
その知識のフィルターを通してしか物事を感じることができなくなり、いつの間にか不幸になってしまう。
頭を混濁させる小ざかしい知識のフィルターを離れて、ものごとをありのままに感じるように。
法句経2

154
他人の賛否から自由になる
どれだけ風がビュービュー吹いても、
山はどっしり揺らぐことがない。
そんな山に学んでみるならば、他人から「イヤな奴」と非難されても「素敵な人」とおだてられても、
そんな言葉はさらりと聞き流し、心はどっしり揺らがず平静なまま。
非難されて苦しくなるなら心は暴走して白山を失い、おだてられて調子に乗るならやはり心は乱れて自由を失う。
非難の風が吹こうとも山のごとく風を受け流すなら、君の心はどこまでも自由となるだろう。
法句経81

155
快感と苦痛から自由になる
自らの内面の声に耳を澄ますための意識のセンサーを聞いているなら君は、欲望のせいで苦しくなっていることに気づいて、欲望をサラッと手放すだろう。
「それ、今しゃべらなくても、よさそうなのにね」
と思われかねないような自分語りを、君が欲望のままにしたくなったとしよう。
その欲望ゆえに心身が不快になっていることに君が気づくなら、くだらない無駄話をストップする奥ゆかしさが生まれるだろう。
「快楽が欲しいよー、苦痛はいやだよー」
という欲望を捨てているなら、
君の心は落ち着いていられる。
誰かに優しくされてが生じても、その快感に浮かれない。
誰かに冷たくあしらわれる苦痛を受けてもその苦痛に落ちこまない。
こうして君の手には、
快感と苦痛に支配されなくなった白山が残るだろう。
法句経83

156
私の言葉にすら依存しない
君が川を渡るために筏をつくって、
川を渡ったあとでこう考えたとしてみよう。
「この筏はとても役に立ったから捨てずに背負って歩いてゆこう」と。
そんなお荷物をかかえ込んでしまっては、
重たくて重たくて、まともに歩けはしなくなる。
それが君の業績であれ学歴であれ職歴であれ、この筏と同じこと。
私の言葉も教えも真理すらもまた、
この筏のようなものにすぎないのだから、
君が私の教えを使い終わったなら、惜しむことなく捨て去るように。
中部経典『蛇喩経』

157
空という自由
お金や物を増やすことに執着せず、
自らにとって最適な食事の量を意識のセンサーでビシッと認知して食べ過ぎぬゆえに身体は軽く、
心が縛られることなく、 どこまでも 「空」となるならば、その自由は無色透明で他人には見えにくいもの。
あたかも空を自由に飛ぶ鳥の飛んだ軌跡は透明で
目に見えぬのにも似て、他人には見えもせず理解しがたいにしても、「空」となることで自分自身を乗り越える。
法句経92
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