仏陀の言葉 061-070コメント付です。
061
自己を楽しめ
外に楽しみを求めるから、自分のことがおろそかになる。
外に楽しみを求めるから、
いつまでも自分の存在を楽しむことができないようになる。
白己を楽しめ。白分の変化と成長を楽しめ。 もう、外に楽しみを追うな。
人生は短いものだ。
はぐく
外にある安易な楽しみで今をごまかさず、今から真剣に自分を育め。
「ウダーナヴァルガ」 第2章
内面を見つめよ。
062
世俗になじむな
何をするにも、さまざまな方法がある。
しかし、下劣な仕方になじんではならない。
下劣な仕方になじむと、聞いて賃金を得るのではなく、
盗むようになってしまう。
他の多くの人々がやっているからといって、
自分もそれに染まらないように。
まっとうでない仕方は、結局のところ煩いを増やすだけになるものだ。
ちょっとくらい怠けていてもばれないからといって怠けないように。
世の悪に染まらず、世俗で行われていることになじまないように。
そうすれば、 自分をしっかりと保って生きられる。
「ウダーナヴァルガ」 第4章
俗に染まるな。気高くあれ。
063
つきあうべき人
何も信じていない人とはつきあいをしないほうがいい。
そういう人は涸れた池のようなものだ。
つきあっているうちに、泥くさい臭いのする水が溢れてくる。
自分の好きな人が何も信じていない人だとわかったら、離れたほうがいい。
これまでの好意からいつまでも習慣的につきあいを続けていると、
ついには自分まで何も信じない人になってしまうからだ。
つきあうならば、信があり智慧のある人とつきあいなさい。
そういう人は冷たく見えるかもしれないが、
そして、人として濁りがない。
澄みきっている。
「ウダーナヴァルガ」 第10章
清らかな水をたたえた人と付き合え。
064
ニセの僧侶
頭を剃り、修行者の格好をしているからとて
その人がこの悟りの道を歩んでいる僧侶なのではない。
まさしく僧侶の姿をしていたとしても、本物でない者がいる。
いや、むしろ、そういう者はとても多いのだ。
彼らはたちが悪い。 慎みがない。 いつわりを口にする。
むさぼ
欲望に満ち、金銭を貪ることに精を出している。
彼らは、悪人そのものである。 悪い行いと悪い心にまみれている。
彼らはこの悟りの道を行く者ではない。
「ウダーナヴァルガ」 第11章
偽りを見抜く目を持つ事。
065
みずからの心を見よ
みずからの心を見よ。 よく見よ。
自分の心が何にとらわれているのか、何に燃え盛っているのか、
どんな感情に染まっているのか、よく見つめてみよ。
そこに世間的な憂いがないか、世間的な食欲がないか、よく見つめよ。
何もないならば、 心もない。
何かあるならば、それを取り除いてさっぱりさせよ。
「大バリニッバーナ経」 第2章
世俗に汚れていたならば、その汚れを落とす事。
066
何にも頼ることなく
何にも頼るな。
真似たり、すがったりするな。
頼るべきは、ただ、このありのままの自然のなりゆきだけ。
そこに法がある。 これまでに悟った者が知った法の姿がある。
「大バリニッバーナ経」 第2章
覚者として法に従え。
067
独りで暮らせ
この世に生きているあらゆるものに暴力を加えぬよう、また彼らを悩ませたりすることがないように。
自分の子供が欲しいと思わぬように。親友を持ちたいとも思わぬように。
子供を待てば喜びがある。しかし、同時に憂いも生まれる。
友についても同じだ。そういう喜びや憂いが人の尽きぬ苦しみとなる。
苦しみから離れたければ、苦しみの因となるものを持ったり願ったりしてはならない。
そして、何も持つことなく、望まず、頼らず、ただ独りで、静寂に暮らせ
「スッタニパータ」 第1章
覚者として独り。
068
犀のように独りで歩め
仲間の内にいるな。 独りになれ。
どこに行くにしても厭うな。得たもので満足せよ。
苦難に耐えよ。 恐れるな。
寒さにも暑さにも、飢えにも、熱や風にも、虻と蛇にも、打ち勝て そうして罪のない生き方をせよ。
いっさいの執着と絆を捨てよ。
親を捨てよ。 まるで葉を落とした樹のように。
そうして独りで行け黙々と歩むあのように
「スッタニパータ」 第1章
独り黙々と歩め。
069
悟りに向かう者は
悟りに向かうというのならば、
これまでのつながりを敢然と断ち切らなければならない。
魚が網を破っていくように、そこから抜け出さなければならない。
炎が焼き尽くした場所に再び戻ってこないように。
わずかな思いも、わずかな未練もそこに残さず。
過去の楽しみも、ささやかな思い出をもすっかり擲って。
あらゆる煩悩の結びをほどき。
そうしてゆったりと、清浄な平静の中を行く犀のように。
「スッタニパータ」 第1章
煩悩なき、清浄な平静の中を行け。
070
わからぬ人々
この道の真実は、誰にでもわかるというものではない。
理解する力があるかどうかではなく、いくら丁寧に教えてもわからない人々がいる。
そういう人たちはあれこれと迷うのを好む人々だ。
議論や論争すること自体を楽しみ、何をも真実と思わず、みんなで語りあうほどにいやましに迷っていく人々だ。
そのような人はいつもあらぬことをあれこれと想像し、真実を疑い、さらにはいそのものを疑い、その性質はすこぶる世間的荒っぽい。
彼らのそういう生き方は、この道からはほど遠いものである。
「スッタニパータ」 第2章
迷わず真実の道を歩め。
