おはようございます。
仏陀の言葉 161-170です。コメント未です。
161
嫌悪が起こる場所
すなわち、
多くの人には好き嫌いがある。
食べ物についても、人についても、環境についても。
そして、好き嫌いの原因はその食べ物の味、他人の性格、
土地の様子にあると思いこんでいる。はたしてそうなのだろうか。
それを好きとか嫌いとか、あるいはまた、
よいとか悪いとか判断しているのは実は自分自身なのだ。
自分の感情や気分が自分の悪をつくりだしているのだ。
好き嫌いもまた自分が勝手につくりあげた妄想そのものにすぎない。
「スッタニパータ」 第2章
162
生き方
よい友を持て。
繁華な町の喧騒から遠く離れ、人のいない静かな場所で暮らせ。
飲み食いはつつましい量で満足せよ。
着る物、口にする物 その他の品物
自分が起居する場所に好みやを持たぬように。
の人々と同じであってはならない。
また、心も生き方も、欲にまみれた世間に戻ってはならない。
心に巣くう傲慢を棄てよ。
「スッタニパータ」 第2章
163
与えなさい
ふんまん
もらうことを考えるのをやめなさい。それよりも、みずから与えなさい。
自分はつつましくいなさい。
過ぎたことを避け、よく注意して白分を制御しなさい。
常日頃からそういうふうにしていれば、誰からも恨まれることもないし、
自分に憤懣が溜まることもない。
むろん、どんな小さな悪もいっさい来てること。
欲望も怒りも迷いもてること。
そうすれば、あなたは何にも縛られず、自由に生きることができる。
「大バリニッバーナ経」第4章
164
この世間の中で
自分がなかなかこの道を行けないのは環境が悪いからだと不平を言うな。 周囲の人々が悪すぎるからだと責任転嫁をするな。
誰がいようと、何があろうと、
自分とは関係ないことではないか。
周囲がどうあろうとも、
執着を乗り越えてこの道を行くのは自分ではないか。
「サンユッタ・ニカーヤ」 第Ⅳ篇第2章
165
自分を治めよ
あなたがであるならば、人々をすることに心を砕くであろう。
食べ物を自分だけで独占せず、人々にちょうどよく分配するであろう。
そうしないと、苦しみや怒りが生まれ、やがて滅びることになるからだ。
それなのに、どうして自分自身のことはできないのか。
広い国ではなく、たった一人の自分のことを。
自分を満足させるとは際限なく持つことだとでも思っているのか。
なぜ、 自分のこととなるとまともに考えられなくなってしまうのか。
平らな心を持つことができなくなってしまうのか。
「サンユッタ・ニカーヤ」 第Ⅳ篇第2章
166
真の境地に近づく人
僧侶であっても、たくさん読経していても、
僧侶の家に生まれていたとしても、悟った清らかな人とはいえない。
その人の内なる心が汚れていてはどうしようもないのだ。
どんな仕事をしていようとも、世間の地がたいそう低くても、
この道にはまったく関係がない。
実際に、瞑想とこの真っ直ぐ生きることを実践し、
何事にもなく真剣にんでいる人こそ、
やがて滑らかな境地に達することができるのである。
「サンユッタ・ニカーヤ」 第四篇第1章
167
激情はどこから来たか
つるくさ
欲情だのしみだのを、
まるで誰かがわざわざ与えてきたかのように考えるな。
誰かが自分の歌を立たせたとか、
誰かが自分に憎悪を植えつけたとか思うな。
欲情も憎しみもそもそもは自分から生まれたものではないか。
自分の中に好き嫌いだの執着だのがあるから生まれてきたものではないか。
草が林にはびこって繁るように。
「サンユッタ・ニカーヤ」第10篇
168
安らいで生きよ
を渡るためにすぐれたもの
それから、白制。
また、つまらぬものを棄てること。
さらには、忍耐である。
いに耐えよ。 努め、
与え、うな。
自分のふるまいに制を与えよ。
このように生きれば、悲しみはない。
頼はない。
生きていながら安らいでいられる。
「サンユッタ・ニカーヤ」 第10篇
169
悪の憂い
ひとたび悪をなせば、憂いが始まる。
その憂いはどんなことがあっても消えない。
何か嬉しいことがあったとしても、
の憂いが負けて消えることはない。
遠い昔にしたことでも、遠い場所でしたことでも、
その想いはいつまでも自分に貼りついたままだ。
自分以外の誰も知らない悪であっても、
その憂いはずっと重いまま自分にしがみついていて離れることはない。
「ウダーナヴァルガ」 第28章
170
放縦な心
誰もが自分は心を持っていると思っている。しかし、持っているというならば、白分の手にしっかりと掴んでおくことができよう。
実際の心はどうだ。 ぐにゃぐにゃと動いて流れ、ざわめき、いつまでたっても静かにならない。掴んでおこうとしてもするりと抜け
けてどこかへ行ってしまう。心を持っていると思う本人でさえ、心をほんの瞬時でも押さえつけておくことができない。
あるいはまた、体はここにあるのに、心は遠くへ飛んでいる。 あるいは、胸の奥の暗がりにひそんでしまう。ことほどさように、
自分の心の輪郭どころか、その動きを制することすら難しい。
「ダンマパダ」 第3章

