最近、ちょっとふれた言葉
子曰、學而不思則罔、思而不學則殆、
子曰く、学んで思わざれば則ち罔し。思って学ばざれば則ち殆うし。
たとえ君が三千年、いや三万年生きるとしても覚えておくといい。いま生きているこの人生のほかに失うものはなく、いま失いつつあるこの人生のほかに生きるものはない
なにかあるものが見えた瞬間、それは流されてしまう。そしてまた、つぎのものが見えた瞬間、またもや流されてしまう
現在にかんすることだけが大事
ものごとはすべて変化によって生じる
宇宙の自然にとっても変化が必要
まったく新しいものなどなにもない
ものごとはすべて関連しあっている
仏法 仏には、「説く」ということがない。 仏は説かない。 ただ、内なる心の平安を差し出す。
速やかな死 死はすみやかに訪れる。 野の花を摘む乙女を死はさらっていく。 眠っている村を押し流す洪水のように、死は訪れる。 望みを果たすときがたっぷりあると思っているうちに、死は訪れる。
論語 勝つでたえはでてくる
ヘッセ
014
他人に対しては寛容に、自分に対しては不寛容であれ
他人に対しては不寛容であるべきではない。 しかし、自分自身に対しては不寛容であるべきだ。
015
最大の敵を愛せ
あなたの最大の敵は誰でしょうか。その敵は、あなたと反対のことをしていますが、その勇敢さ、大胆さ、行ないがまさしくあなたとそっくりです。 そんなあなたの敵を愛しなさい。高く評価しなさい。
047
性格や個性は自分を閉じ込める牢獄だ
あなたは自分自身のそれを何と呼んでいるだろうか。性格?人格?キャラクター?個性?それとも、自分らしさ? いずれにしても、それはあなたが足枷をはめられて収監されている牢獄なのです。
049
時間という観念は棄てて、今しなければならないことに集中せよ
本当に自由になりたいのならば、ずっと頼りにしてきた魔法の杖を棄てなさい。すなわち、時間という観念をさっぱりと棄てなさい。 それはもう過去のことだ、とか、まだ明日にならない、とか、もうこんなに時間を費やしてしまった、とか、こんな歳なのに、という考えを生む時間を真っ先に棄て去りなさい。 そして、自分が今しなければならないことにひたすら集中しなさい。
051
優れた人は若くもなれるし、老いることもできる
若いだの年老いただの、そういう感覚や考え方は、似たような日々をだらだらと送るような平々凡々たる人々が持つものだ。
いささかの才覚があり洗練されている人は、そのときに応じて若くなったり歳をとったりするものだ。あたかも場合に応じて喜び
や悲しみが生まれるようにね。
056
真理はひっくり返しても真理だ
もし、その真理が正しいというのならば、それを裏返した反対の事柄も正しい真理でなければならない。
一枚の絵が芸術として立てるものならば、キャンバスをさかさまにして壁に掛けて眺めても、構図や色彩がみごとに調和している
ように。
「無意味の意味」
063
人の一生とは自分自身への道だ
人の一生とは、自分自身への道を独りで歩いていくことだ。
その道の果てには、完全なる自分自身が立っている。しかし、誰もがそこまでたどりつけるわけではない。
「デーミアン」
065
旅も人生も途上に悦びがある
旅の味は途上にこそある。
急いで目的地に突進するのではない。さすらうのだ。 さすらいの甘さを味わうのだ。
それは青春の日々の悦びだ。人生の日々の悦びだ。
詩
「旅行術」
066
苦しみの真っただ中を通れ
苦難を恐れるのは当然のことだ。誰もが恐れ、自分だけは苦しみたくないと思っている。できるならばずっと苦しみを避けて生きたいと思っている。
しかし、どんな人にも苦難は襲ってくる。そこからいったん逃げれば、また今度は別の苦しみがやってくる。
もし今、苦しんでいて、その苦しみから一刻も早く脱したいと思うならば、その最短の道は眼前に開いている。
その道とは、苦しみの真っただ中を堂々と通ることだ。苦しみを全身に受け、耐えながら歩くのだ。 すると、もっとも早く苦しみの世界から抜け出ることができる。
私はそうやって生きてきた。
書簡 1935
109
人生の意味を知りたければ真摯に生きよ
生きることの意味。
欲しいものを強引に獲得し、あらゆる楽しみをむさぼり、できる限りの富を集めたとしても、わたしたちはうつろな思いに充たされるだけだ。
なぜならば、わたしたちが本当に欲しがっているものは意味だからだ。
それは世界中を探しても見つからない。 人生の意味は、自分自身が真摯に生きることによって自分から自分へと与えるものだからだ。そのときにそっと手助けをしてくれるのが聖書やあらゆる哲学なのだ。
書簡 1933